【 大宮 0-2 FC東京 】 J1第4節

主審村上伸次がアン&マトに退場処分を下し、
前半も終わらぬうちにオーロラビジョンから
2人の名前が消える。
黒く消し去られたそのメンバー表示は
残酷な劣勢を淡々と視覚に訴えるのである。

万事休す、、

とはならなかった、と考える。

結果は完全にFC東京超攻撃ショーとなったが、
村上和弘、深谷友基らは圧倒的で非情な攻撃に
さらされるメンバーをひたすら鼓舞し続けた。
そしてこれに応える残りメンバーの気迫溢れる守備には
感動すら覚えた。

ゴールを割られるもダッシュでボールをリセットし、
「俺が蹴るぞ」的なファイティングポーズを
リードして見せた村上には、、、

いいよ、おれは満足だ。

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メモ:
・ 寒かったな~
・ 審判に抗議するメンバーを制止するGK江角、ナイスセーブ
・ それでもなお主審に詰め寄る石原を江角が再びセーブ(笑
・ 村上主審の完全にビビっちゃった表情(前半終了時)が印象的
・ シュート数、3対32。32本てのはJ1歴代2位だってさ

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塚本泰史に、鶴を折り、快癒を祈る

こんな惨たらしいことってあるか?

塚本 泰史選手 病状検査結果について(大宮公式)
右足に悪性腫瘍…大宮のDF塚本、がんを公表

このときの様子がNACK5でオンエアされた。
立派な記者会見だった。  泣けてくる。

全大宮が、彼のバックアッパーだ。
まずは開幕戦、セレッソ撃破で応えよう。

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歴史の薫り高き NACKスタ街道をゆく  

自分の住まいから 「NACK5スタジアム大宮」 へ行くのにわざわざ大宮駅まで出る
ことはなく、大宮警察の前から東北線を越えて北大宮から大宮公園へ入るルートが
いつもの道である。しかも今年の正月にチャリンコを盗られて以来ずっと徒歩通いと
なり、正直かったるさを感じなくもないが、とにかくそんなふうに通勤ならぬ "通スタ"
を繰り返している。
そんなわけで 「大宮駅~大宮公園サッカー場」 というルートは、それほど何度も歩
いているわけでもなく、なじみがうすい。
だからといってなにもゲームの無い日にわざわざ出掛けることもないもんだが、別段
人さまに迷惑を掛ける話でもないので、とりあえずいつもの靴を履いて自宅を出た。

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大宮駅はいつも混雑している。もう少し外出を控えて、そう、仕事をもう半分、
レジャーも半分くらいにしとけば、 エコブーム (あえてブームといわせていた
だく)だとかいうやつに便乗・・・いや、貢献できるんじゃないんですかねえ。
とにかく混雑しすぎの駅というのは情緒に乏しくていけない。

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コンコースから東口の階段を下りると、そこはティッシュ配布広場である(笑
ティッシュに限らず常に何かが配られている。この日はマツキヨの黄色い配布
部隊が鶴翼の陣形で私を待ち受けていた。
これをかいくぐって、正面に口を開けているすずらん通りに突っ込む。
ちなみにこの小広場には旧大宮市のマスコット「こりすのトトちゃん」もいる。
しかし彼の周りにはいつだって空き缶やらマックのゴミやらが散乱している。

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エントランスアーチの上部には 「がんばれ!Ardija」 と掲出される。
・・・そうだよね、ホントにがんばってもらわなくちゃね♪

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アーケード内には大宮アルディージャのバナーがバンバンあがっている。
多くの店先にフラッグやポスターが貼られるだけでなく、路面もオレンジ、見上げ
れば天井の鉄骨梁までオレンジに染められ、過剰なほどの橙攻めに遭う。

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すずらん通りを抜けると中山道に突き当たる。この道は「県道90号大宮停車場線」
という何とも味わいのある名前がついている。
すずらん通り出口左側角のキムラヤの場所は、かつて文政期まで中山道大宮宿の
本陣をつとめた内倉家であり、いかにも由緒正しいエリアなのだ。心して通行せね
ばならぬ。
ここを左折、中山道を少々北上する。

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左にLOFTが見えるとすぐ「一番街」のT字路交差点である。BOOK OFFを右に
見ながら右折するが、ここは一方通行出口なので自動車は前方からしか来ない。
このへんはクルマで通るといつも混んでいるし歩行者も多いので、用事がなけ
ればなるべく通りたくない界隈である。
左手からやってくる「一番街」経由も選択肢だが、これはおまかせ。

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いよいよここからオレンジロードに進入する。「一の宮通り」という武蔵一の宮
氷川神社に因んだ名称がついていて、標識の旧大宮市の市章が誇らしげだ。

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標識の下には木製のプランターがアルディージャ仕様の装いで置かれていた。
オレンジロードにはこんなプランターがいたる所に配置されている。

ハナシは変わるが、旧国道16号といえば西方より大栄橋を渡ってきて真っ直ぐ
氷川参道方面へ延びる道路が頭に浮かぶけれど、かつての国道16号はいまの
大栄橋交差点から中山道を南下し、何とこのオレンジロードへ入り込み、氷川
参道を越えて岩槻方へ抜けるルートを通っていた。 ↓こんな感じ。

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道路事情劣悪だった昭和30年に国道指定を受けて以来、昭和57年の指定解除まで
よく頑張った!と賞賛したいが、このオレンジロード経由の旧16号はその指定解除ま
でのいずれかの時期に大栄橋直進ルートに経路変更されたはずである。
あえて脱線するが、Wikipediaによると、国道16号について、
  ・昭和56年 一般国道16号東大宮バイパス工事完成、全線4車線供用開始
  ・時期不明 大宮市高鼻町~同市大字東門前 国道指定解除
                       県道21号大宮岩槻線に指定
  ・昭和57年5月24日 大宮市三橋五丁目~同市高鼻町 国道指定解除
                       県道21号大宮岩槻線に指定
となっており、
国道指定解除された時期不明の大宮市高鼻町~東門前と、昭和57年の大宮市三橋
五丁目~高鼻町は、つながった一本道なのにわざわざ時期をずらして取扱う必要が
果たしてあったのかを考えると、同時解除が正解のような気がする。
またこれも余談だが、大宮市街から市域東部の東門前までを指定解除したのなら、
東門前より東側の区間は国道16号が盲腸のようにポツンと残ったのか? という疑問
が湧く。 しかし調べてみれば、かつての国道122号が日光御成街道の南側をほぼ
トレースしている関係で、鳩ヶ谷から北上、浦和学院の脇を通り、東門前交差点で東
へ折れて岩槻へ至っていた。
つまり東門前以東は国道16号と122号の重複指定を受けていたが、16号の指定解除
を受けて、東門前以西が県道21号となり、それ以東が単独でワンツーツーを名乗って
いたわけだ。これで合点がいった。
こののちに122号の経路変更をうけて東門前以東の国道指定が解かれ、大宮市域の
旧16号と呼ばれる道は、上江橋から指扇を経て三橋五丁目までの国道区間を残して
全て県道となった。

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オレンジロード(一の宮通り)の西側部分は路側部分に淡いグリーンの塗装が施され、
シケインも設けられているので、自動車の速度抑制にはいかにも効果がありそうだ。
ここがかつての主要国道たる16号線跡とは到底思えないが、いまやその役割も変わ
ったということだ。 それから、沿道には美容室が異様に多い、、、なんで???

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オレンジロード後半、東側部分はいよいよオレンジ&ネイビーとなり、スタジアム
を意識させ、大宮サポやアウェーサポの気分盛り上げに一役買っている?
非常に清潔な感じのする区間である。

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アルディージャ仕様の自販機。
わりと色んな場所で見かける気がするが、浦和駅西口の繁華街で見かけた超アウェー
状態で単騎佇む「アルディージャ仕様機」に "漢" を感じずにはいられなかった(笑

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この辺りはやたらマンションが多くなった。そのわりには空も広く感じられ、ここまで
来ると、どこか牧歌的な空気も漂いだす。
旧国道16号の昔日のダイナミズムを感じ取れる痕跡はどこにも無く、かつてバスや
トラックの往来があったとは本当に信じがたい。いま大型車がこちらに突っ込んでき
たとしたら、軽くパニクる自信はある(笑

進行方向右手の駐車場フェンスに大宮アルディージャの次節ホームゲーム告知板が
設置されているので覗いてみる。

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よりによって埼玉スタジアム開催だ。非常に面倒くさい。相手の川崎に苦手意識は
ないが、残留争いと優勝争いとを賭けた濃密なゲームになるのだろうか。
しかし、昇格同期なのにどうしてこんなにも差がついてしまったのでしょう。
つかさー、こんなとこよりもっと、もっとグ~ッと駅の中とかに置けないのかねぇ。

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いよいよ短かいオレンジロードの旅も終焉を迎える。出口が見えてきたぞ。

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そして埼玉県道2号さいたま春日部線へ合流する。つまり旧16号へ「旧旧16号」が
呑み込まれることとなる。
そして旧街道の証ともいえる郵便局(大宮高鼻郵便局)がこの分岐合流点に立地する。
雑居ビルに入居した形だが、これも時代を反映した光景だといえる。

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合流点を反対側から見る。
見事に旧道が細い。渋滞する旧16号の新道と比べると、旧道の細さが際立つ。
もっとも現在は写真左側の歩道に幅員をとられているようなので、この細道だって
かつては国道16号を名乗るのにふさわしい構えだったのだろう。古い航空写真を
見てみると、中山道からの賑わいぶりがこの通りまで連続していたり、後年大胆に
「開削」 される大栄橋東端からこの分岐地点までの短絡ルート上には民家がびっ
しり建っていたりする。

この場所から大栄橋方面を眺めると、遠くに乾いたアスファルトの盛り上がった様子
が見え、そこを健気に上っていく自動車の動きが、なんとなく可笑しい。

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この合流点と氷川神社参道との間に、大宮アルディージャのクラブショップがある。
「 ORANGE SQUARE 」という。
店内に客はまばらで、エントランスのモニター前には3人のサッカー少年が張り
付いて、いつだかの試合のビデオを見ていた。

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ORANGE SQUARE前、氷川神社入口の交差点を氷川神社側へ渡ってしまえば、
もうこの先に信号はない。 いよいよ神域への接近である。

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さて、頭上に大木の豊かな緑が覆い被さる参道に立ち、正面に「二の鳥居」を望む。
ここからひたすら直線、大宮公園をひかえた武蔵一の宮氷川神社までを行く。

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この地点で振り返り、参道の起点「一の鳥居」方を望むと、やはり緑濃い空間が連続
していた。
先ほど中山道大宮宿を少しかすめて通ってきたけれど、大宮宿が本格的に整備され
る以前、中山道は一の鳥居より北、この参道もしくは参道の東に沿う道をその経路と
していた。つまるところこの参道は中山道の旧道、古中山道でもあるわけだ。
はるか京の都につながる参道・・・・そう思うとえらく壮大なものがここにあるような気が
してくる。

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二の鳥居に近づくと、その手前を道路が一本横断している。
この道は旧16号のそのまたご先祖様のような古い道で「岩槻道」である。この古道の
西端は中山道大栄橋交差点の片隅に入り込む細道に始まり、東光寺門前を通って
氷川参道を過ぎ、東へ行くと堀の内交差点の手前で旧16号にスムーズに合流する。
私も抜け道として頻繁に使っている便利な道である。
この常夜燈の佇まいからして風格があるが、それにしても立派な大鳥居である。そも
そもがこれは明治神宮の初代大鳥居だそうで、昭和41年に落雷によって破損したも
のが修復され、のちに大宮氷川神社参道二の鳥居への転身を果たしたのだという。
もとの二の鳥居は「裏参道」側に移設されたというが・・・ うん、確かにあるな。

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そうだよね、なんとなくこの先に神社がありそうな感じがするよね。

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掃き集められた落ち葉。竹箒が地面を引っかいた跡に、どこか懐かしいものを感じる。

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落葉運搬車輌。黒いフレームがスパルタンな印象。余計な装備は一切省かれている。

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参道右手に定番の団子屋が現れる。道路横断時、クルマに注意されたし。

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名代 氷川だんご。 エエッ? まだかき氷もあるんですか?

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丁石みつけた。
一の鳥居から十六丁だから・・1.74キロくらいか。そんなもんか。
この丁石、妙にキレイだなあと思ったら、やっぱり平成の復元品でした。

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参道西側に沿う細い道路が、大木の切り株を避ける形状になっていた。
屹立していた老樹は、参道を行く多くの人々を見守ってきたのだろう。
切り株の根元から育った子孫が、いま参道を彩る緑の一部になっている。

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参道経由でNACKスタ方面へ向かうドライバーにはおなじみの警戒標識。

見よ、この大胆なせり出しを! 

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シケイン・・・・もとい、お傍を通らせてもらうくらいの感じで。

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いよいよ三の鳥居に接近。というところで参道東側に寄り添ってきた道路がここで分離。
右側へ進めばスタジアムへのショートカットとなるが、ここはお氷川様に敬意を表して
神社境内ルートをとろう。
と・・・短絡ルートに先ほどの落葉運搬車輌の後姿が!

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ところで、この氷川神社参道がもとの中山道だったことは前に述べたが、私の興味は
ここから先にある。
参道の起点、一の鳥居からここまでの間、軌を一にしてきた中山道がはるか上野信濃
美濃の国々を目指すには、この参道をどこかで脱しなければならない。それが果たして
どのポイントなのかということだ。
諸説あり、一旦境内に入り込んでから御手洗池手前を左折西進し脱したのか、または
三の鳥居手前で神域を左に逸れ北西方へ抜け出たのか・・・
決定的な史料がないため今なおその道筋は詳らかではないものの、より自然で合理性
の高い後者「三の鳥居前脱出ルート説」を私は支持する・・・そして参道を離れた古道が
一体どのように北上し、どの地点で現中山道に合流したのだろうか・・・

とまあこの類の個人的な興味は、NACKスタ探訪とは特段関係もないのでこのへんに
しておくが、私の目の前には依然として重大なミステリーがぶらさがったままである。

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最後の鳥居を前にすれば、こんな自分でも厳かな気持ちになる。
お氷川様へは何度も訪れているが、いつ来てもやはり特別な空気を感じる。
鳥居の両柱には榊が供えられていた。

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楼門を控えた森の中から白無垢の花嫁が見えた。脇へ逸れてその一団を
やり過ごした。こんな光景が粛々と悠然と整然と繰り返されてきたのだろう。
少し幸せな気分になる。

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御手洗池にかかる神橋の袂、見知らぬ人にシャッターを押してもらう
七五三参りの親子連れ。 ハレの日にふさわしいシーンである。

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神橋を渡り、楼門の前を右に回りこむと大宮公園へ入る。
が、ここはまっすぐ進みお参りをしたいものだ。

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楼門に向かい右に歩いていくと左右に水面の高さの違う池が現れ・・・

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それを横目に石の鳥居をくぐると、そこはもう大宮公園である。
ここを右折、右の池をそのまま回りこんでいく。

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もうスタに着いたも同然であるが、アウェイサポは大体この場所で一瞬立ち止まる(笑
というのも、ホーム大宮側の入場待機列が正面に見え、ビジター入口を把握しかねる
位置に立たされるからだ。 そのまま右方に進行すればよい。

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すると、先ほど分かれたショートカットの道路に再び合流する。
短絡路をトボトボ歩いてくるアウェイサポを見ると、何だか勝てそうな気もするのだが、
気がするだけでなかなか勝てないのが、いかにも大宮っぽい感じだ。

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NACK5スタジアム大宮に到着。ビジター入口はこの対角、向こう側だ。
疲れた・・・などと言っている場合ではない。我々の戦いはこれからなのである。

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最後にこれまで進んできたルートを古い地図でおさらいして終わりにしたい。
明治18年の地形図でたどる。

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