旅行・地域

歴史の薫り高き NACKスタ街道をゆく  

自分の住まいから 「NACK5スタジアム大宮」 へ行くのにわざわざ大宮駅まで出る
ことはなく、大宮警察の前から東北線を越えて北大宮から大宮公園へ入るルートが
いつもの道である。しかも今年の正月にチャリンコを盗られて以来ずっと徒歩通いと
なり、正直かったるさを感じなくもないが、とにかくそんなふうに通勤ならぬ "通スタ"
を繰り返している。
そんなわけで 「大宮駅~大宮公園サッカー場」 というルートは、それほど何度も歩
いているわけでもなく、なじみがうすい。
だからといってなにもゲームの無い日にわざわざ出掛けることもないもんだが、別段
人さまに迷惑を掛ける話でもないので、とりあえずいつもの靴を履いて自宅を出た。

2009101000ah15route

*******

2009101001

大宮駅はいつも混雑している。もう少し外出を控えて、そう、仕事をもう半分、
レジャーも半分くらいにしとけば、 エコブーム (あえてブームといわせていた
だく)だとかいうやつに便乗・・・いや、貢献できるんじゃないんですかねえ。
とにかく混雑しすぎの駅というのは情緒に乏しくていけない。

2009101002_2

コンコースから東口の階段を下りると、そこはティッシュ配布広場である(笑
ティッシュに限らず常に何かが配られている。この日はマツキヨの黄色い配布
部隊が鶴翼の陣形で私を待ち受けていた。
これをかいくぐって、正面に口を開けているすずらん通りに突っ込む。
ちなみにこの小広場には旧大宮市のマスコット「こりすのトトちゃん」もいる。
しかし彼の周りにはいつだって空き缶やらマックのゴミやらが散乱している。

2009101003

エントランスアーチの上部には 「がんばれ!Ardija」 と掲出される。
・・・そうだよね、ホントにがんばってもらわなくちゃね♪

2009101004_2

アーケード内には大宮アルディージャのバナーがバンバンあがっている。
多くの店先にフラッグやポスターが貼られるだけでなく、路面もオレンジ、見上げ
れば天井の鉄骨梁までオレンジに染められ、過剰なほどの橙攻めに遭う。

2009101005_2

すずらん通りを抜けると中山道に突き当たる。この道は「県道90号大宮停車場線」
という何とも味わいのある名前がついている。
すずらん通り出口左側角のキムラヤの場所は、かつて文政期まで中山道大宮宿の
本陣をつとめた内倉家であり、いかにも由緒正しいエリアなのだ。心して通行せね
ばならぬ。
ここを左折、中山道を少々北上する。

2009101006

左にLOFTが見えるとすぐ「一番街」のT字路交差点である。BOOK OFFを右に
見ながら右折するが、ここは一方通行出口なので自動車は前方からしか来ない。
このへんはクルマで通るといつも混んでいるし歩行者も多いので、用事がなけ
ればなるべく通りたくない界隈である。
左手からやってくる「一番街」経由も選択肢だが、これはおまかせ。

2009101007

いよいよここからオレンジロードに進入する。「一の宮通り」という武蔵一の宮
氷川神社に因んだ名称がついていて、標識の旧大宮市の市章が誇らしげだ。

2009101008

標識の下には木製のプランターがアルディージャ仕様の装いで置かれていた。
オレンジロードにはこんなプランターがいたる所に配置されている。

ハナシは変わるが、旧国道16号といえば西方より大栄橋を渡ってきて真っ直ぐ
氷川参道方面へ延びる道路が頭に浮かぶけれど、かつての国道16号はいまの
大栄橋交差点から中山道を南下し、何とこのオレンジロードへ入り込み、氷川
参道を越えて岩槻方へ抜けるルートを通っていた。 ↓こんな感じ。

2009101010
2009101011ah15

道路事情劣悪だった昭和30年に国道指定を受けて以来、昭和57年の指定解除まで
よく頑張った!と賞賛したいが、このオレンジロード経由の旧16号はその指定解除ま
でのいずれかの時期に大栄橋直進ルートに経路変更されたはずである。
あえて脱線するが、Wikipediaによると、国道16号について、
  ・昭和56年 一般国道16号東大宮バイパス工事完成、全線4車線供用開始
  ・時期不明 大宮市高鼻町~同市大字東門前 国道指定解除
                       県道21号大宮岩槻線に指定
  ・昭和57年5月24日 大宮市三橋五丁目~同市高鼻町 国道指定解除
                       県道21号大宮岩槻線に指定
となっており、
国道指定解除された時期不明の大宮市高鼻町~東門前と、昭和57年の大宮市三橋
五丁目~高鼻町は、つながった一本道なのにわざわざ時期をずらして取扱う必要が
果たしてあったのかを考えると、同時解除が正解のような気がする。
またこれも余談だが、大宮市街から市域東部の東門前までを指定解除したのなら、
東門前より東側の区間は国道16号が盲腸のようにポツンと残ったのか? という疑問
が湧く。 しかし調べてみれば、かつての国道122号が日光御成街道の南側をほぼ
トレースしている関係で、鳩ヶ谷から北上、浦和学院の脇を通り、東門前交差点で東
へ折れて岩槻へ至っていた。
つまり東門前以東は国道16号と122号の重複指定を受けていたが、16号の指定解除
を受けて、東門前以西が県道21号となり、それ以東が単独でワンツーツーを名乗って
いたわけだ。これで合点がいった。
こののちに122号の経路変更をうけて東門前以東の国道指定が解かれ、大宮市域の
旧16号と呼ばれる道は、上江橋から指扇を経て三橋五丁目までの国道区間を残して
全て県道となった。

2009101012

オレンジロード(一の宮通り)の西側部分は路側部分に淡いグリーンの塗装が施され、
シケインも設けられているので、自動車の速度抑制にはいかにも効果がありそうだ。
ここがかつての主要国道たる16号線跡とは到底思えないが、いまやその役割も変わ
ったということだ。 それから、沿道には美容室が異様に多い、、、なんで???

2009101013

オレンジロード後半、東側部分はいよいよオレンジ&ネイビーとなり、スタジアム
を意識させ、大宮サポやアウェーサポの気分盛り上げに一役買っている?
非常に清潔な感じのする区間である。

2009101014

アルディージャ仕様の自販機。
わりと色んな場所で見かける気がするが、浦和駅西口の繁華街で見かけた超アウェー
状態で単騎佇む「アルディージャ仕様機」に "漢" を感じずにはいられなかった(笑

2009101015

この辺りはやたらマンションが多くなった。そのわりには空も広く感じられ、ここまで
来ると、どこか牧歌的な空気も漂いだす。
旧国道16号の昔日のダイナミズムを感じ取れる痕跡はどこにも無く、かつてバスや
トラックの往来があったとは本当に信じがたい。いま大型車がこちらに突っ込んでき
たとしたら、軽くパニクる自信はある(笑

進行方向右手の駐車場フェンスに大宮アルディージャの次節ホームゲーム告知板が
設置されているので覗いてみる。

2009101016

よりによって埼玉スタジアム開催だ。非常に面倒くさい。相手の川崎に苦手意識は
ないが、残留争いと優勝争いとを賭けた濃密なゲームになるのだろうか。
しかし、昇格同期なのにどうしてこんなにも差がついてしまったのでしょう。
つかさー、こんなとこよりもっと、もっとグ~ッと駅の中とかに置けないのかねぇ。

2009101017

いよいよ短かいオレンジロードの旅も終焉を迎える。出口が見えてきたぞ。

2009101018

そして埼玉県道2号さいたま春日部線へ合流する。つまり旧16号へ「旧旧16号」が
呑み込まれることとなる。
そして旧街道の証ともいえる郵便局(大宮高鼻郵便局)がこの分岐合流点に立地する。
雑居ビルに入居した形だが、これも時代を反映した光景だといえる。

2009101019

合流点を反対側から見る。
見事に旧道が細い。渋滞する旧16号の新道と比べると、旧道の細さが際立つ。
もっとも現在は写真左側の歩道に幅員をとられているようなので、この細道だって
かつては国道16号を名乗るのにふさわしい構えだったのだろう。古い航空写真を
見てみると、中山道からの賑わいぶりがこの通りまで連続していたり、後年大胆に
「開削」 される大栄橋東端からこの分岐地点までの短絡ルート上には民家がびっ
しり建っていたりする。

この場所から大栄橋方面を眺めると、遠くに乾いたアスファルトの盛り上がった様子
が見え、そこを健気に上っていく自動車の動きが、なんとなく可笑しい。

2009101020

この合流点と氷川神社参道との間に、大宮アルディージャのクラブショップがある。
「 ORANGE SQUARE 」という。
店内に客はまばらで、エントランスのモニター前には3人のサッカー少年が張り
付いて、いつだかの試合のビデオを見ていた。

2009101021

ORANGE SQUARE前、氷川神社入口の交差点を氷川神社側へ渡ってしまえば、
もうこの先に信号はない。 いよいよ神域への接近である。

2009101022

さて、頭上に大木の豊かな緑が覆い被さる参道に立ち、正面に「二の鳥居」を望む。
ここからひたすら直線、大宮公園をひかえた武蔵一の宮氷川神社までを行く。

2009101023

この地点で振り返り、参道の起点「一の鳥居」方を望むと、やはり緑濃い空間が連続
していた。
先ほど中山道大宮宿を少しかすめて通ってきたけれど、大宮宿が本格的に整備され
る以前、中山道は一の鳥居より北、この参道もしくは参道の東に沿う道をその経路と
していた。つまるところこの参道は中山道の旧道、古中山道でもあるわけだ。
はるか京の都につながる参道・・・・そう思うとえらく壮大なものがここにあるような気が
してくる。

2009101024

二の鳥居に近づくと、その手前を道路が一本横断している。
この道は旧16号のそのまたご先祖様のような古い道で「岩槻道」である。この古道の
西端は中山道大栄橋交差点の片隅に入り込む細道に始まり、東光寺門前を通って
氷川参道を過ぎ、東へ行くと堀の内交差点の手前で旧16号にスムーズに合流する。
私も抜け道として頻繁に使っている便利な道である。
この常夜燈の佇まいからして風格があるが、それにしても立派な大鳥居である。そも
そもがこれは明治神宮の初代大鳥居だそうで、昭和41年に落雷によって破損したも
のが修復され、のちに大宮氷川神社参道二の鳥居への転身を果たしたのだという。
もとの二の鳥居は「裏参道」側に移設されたというが・・・ うん、確かにあるな。

2009101025

そうだよね、なんとなくこの先に神社がありそうな感じがするよね。

2009101026

掃き集められた落ち葉。竹箒が地面を引っかいた跡に、どこか懐かしいものを感じる。

2009101027

落葉運搬車輌。黒いフレームがスパルタンな印象。余計な装備は一切省かれている。

2009101028

参道右手に定番の団子屋が現れる。道路横断時、クルマに注意されたし。

2009101029

名代 氷川だんご。 エエッ? まだかき氷もあるんですか?

2009101030

丁石みつけた。
一の鳥居から十六丁だから・・1.74キロくらいか。そんなもんか。
この丁石、妙にキレイだなあと思ったら、やっぱり平成の復元品でした。

2009101031

参道西側に沿う細い道路が、大木の切り株を避ける形状になっていた。
屹立していた老樹は、参道を行く多くの人々を見守ってきたのだろう。
切り株の根元から育った子孫が、いま参道を彩る緑の一部になっている。

2009101032_2

参道経由でNACKスタ方面へ向かうドライバーにはおなじみの警戒標識。

見よ、この大胆なせり出しを! 

2009101033_2 
2009101034

シケイン・・・・もとい、お傍を通らせてもらうくらいの感じで。

2009101035

いよいよ三の鳥居に接近。というところで参道東側に寄り添ってきた道路がここで分離。
右側へ進めばスタジアムへのショートカットとなるが、ここはお氷川様に敬意を表して
神社境内ルートをとろう。
と・・・短絡ルートに先ほどの落葉運搬車輌の後姿が!

2009101035h15

ところで、この氷川神社参道がもとの中山道だったことは前に述べたが、私の興味は
ここから先にある。
参道の起点、一の鳥居からここまでの間、軌を一にしてきた中山道がはるか上野信濃
美濃の国々を目指すには、この参道をどこかで脱しなければならない。それが果たして
どのポイントなのかということだ。
諸説あり、一旦境内に入り込んでから御手洗池手前を左折西進し脱したのか、または
三の鳥居手前で神域を左に逸れ北西方へ抜け出たのか・・・
決定的な史料がないため今なおその道筋は詳らかではないものの、より自然で合理性
の高い後者「三の鳥居前脱出ルート説」を私は支持する・・・そして参道を離れた古道が
一体どのように北上し、どの地点で現中山道に合流したのだろうか・・・

とまあこの類の個人的な興味は、NACKスタ探訪とは特段関係もないのでこのへんに
しておくが、私の目の前には依然として重大なミステリーがぶらさがったままである。

2009101036

最後の鳥居を前にすれば、こんな自分でも厳かな気持ちになる。
お氷川様へは何度も訪れているが、いつ来てもやはり特別な空気を感じる。
鳥居の両柱には榊が供えられていた。

2009101039

楼門を控えた森の中から白無垢の花嫁が見えた。脇へ逸れてその一団を
やり過ごした。こんな光景が粛々と悠然と整然と繰り返されてきたのだろう。
少し幸せな気分になる。

2009101040

御手洗池にかかる神橋の袂、見知らぬ人にシャッターを押してもらう
七五三参りの親子連れ。 ハレの日にふさわしいシーンである。

2009101041

神橋を渡り、楼門の前を右に回りこむと大宮公園へ入る。
が、ここはまっすぐ進みお参りをしたいものだ。

2009101042_2

楼門に向かい右に歩いていくと左右に水面の高さの違う池が現れ・・・

2009101043

それを横目に石の鳥居をくぐると、そこはもう大宮公園である。
ここを右折、右の池をそのまま回りこんでいく。

2009101044

もうスタに着いたも同然であるが、アウェイサポは大体この場所で一瞬立ち止まる(笑
というのも、ホーム大宮側の入場待機列が正面に見え、ビジター入口を把握しかねる
位置に立たされるからだ。 そのまま右方に進行すればよい。

20091010452009101046

すると、先ほど分かれたショートカットの道路に再び合流する。
短絡路をトボトボ歩いてくるアウェイサポを見ると、何だか勝てそうな気もするのだが、
気がするだけでなかなか勝てないのが、いかにも大宮っぽい感じだ。

2009101047

NACK5スタジアム大宮に到着。ビジター入口はこの対角、向こう側だ。
疲れた・・・などと言っている場合ではない。我々の戦いはこれからなのである。

*******

最後にこれまで進んできたルートを古い地図でおさらいして終わりにしたい。
明治18年の地形図でたどる。

2009101049m18

.

.

| | コメント (2) | トラックバック (0)

絶好のタイミングで社員旅行(強制参加)

メモ:
・大宮出発14時頃→水上温泉現地集合
・しこたま飲む(たぶん)→寝る
・朝食後引き返す→大宮公園
・水上859(732M)1002高崎1013(あさま516号)1038大宮
・水上滞在17時間(予定)→磐鞠戦、札犬戦を視聴できないのが×

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クルマで乗鞍・畳平へ行った話

雲上の世界、乗鞍エコーラインと乗鞍スカイラインが全面マイカー通行止になった
のは平成15年からだ。

畳平には何度も訪れたがいつも混んでいた。高みから駐車場の出入口の方を見ると、
エコーライン・スカイラインの両方向に渋滞の列が延々とのびて、これじゃあ路線
バスの時刻はめちゃくちゃだなあと思った記憶がある。

*******

初めて乗鞍高原へ行ったのは、一の瀬園地のソフトクリームがうまい、うますぎる、
との情報を仕入れたからだった。
じっさいそれは噂通りの美味さだった。極上の濃厚ソフトをなめ尽くすと、得も言わ
れぬ幸福感に浸ることができた。 高原でスイーツ(笑  

乗鞍高原から先は雲上の世界、標高を上げてゆくにつれて植生の移り変わりも楽し
める、というぐあいである。森林限界を超えると突然視界が開けるから何事かと思
うかもしれないが、他にも大雪渓があったりいろいろで、つくづく自然界は愉しい。

     ~ センセ、自然地理の現地実習は野島崎や秩父みたいな近場ではなくて、
                                      ここ乗鞍でやって欲しかった。ネタ満載ですもんね ~

*******

確か自分のクルマが Legacy から Impreza にスイッチしたばかりの頃だったと思う
が、リアにサイクルキャリアを着けて、チャリンコを畳平まで持って行ったことがある。
そして愚息を後ろの椅子に縛りつけ、畳平からのエコーラインスーパーダウンヒル
を敢行したのである。 これをやってみたかった!

標高差1500メートルを一気に下る。
といってもママチャリに毛が生えた程度のマシンなので、ゆっくりのんびりである。
雄大な景色を満喫しながらひたすら下ってゆく。
小さい子供を乗せているせいか、対向車から手を振ってくれる人が多い。 ヘンな
自転車乗りを面白がっているのか、かなりの割合で振ってくれる。 こっ恥ずかしい
気がするから、後ろの子供に声を掛けて手を振り返すように促す。

位置エネルギーの解放作業を味わいながら、気が付くと随分下ってきていた。
見上げれば遥か乗鞍が、先程とは違う山容を見せている。
目を凝らすと高原の彼方に砂粒のようなバスがゆっくり動いていた。

カミさんに回送させた Impreza に追いついた所で、乗鞍ダウンヒル大会は終わった。

*******

後年また同じようなことを八ヶ岳山麓でもやってみたが、児戯の類だとわかっては
いても、スキースノボと大差ないことで、じっさい面白かった。
機会があればまたぜひやりたいのだが、現在私が所有するチャリンコはあいにく
この「競技」 にはまったく向かないタイプで、またサイクルキャリアも今はないから
実現度は低い。レンタル自転車でもよいが、位置エネルギーの回復がネックになる。

それにしても、面倒くさがりの自分にしてはなかなか面倒くさいことをしたものだ。

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

ぶらり 【金融機関コード便覧】 の旅

金融機関コード便覧」 というのは、事務の合理化を目的として、
日本銀行をはじめ都市銀行から農協までの各支店に付番された
統一コード番号の一覧である。
平成20年度版をみると580項ほどのボリュームがあり、支店名と
コード番号がキッチリ印刷されているが、いい具合に余白部分も
あるため、ついパラパラ漫画を描き込みたくなる、それも長編だ。

コード0000が割り当てられているのは、我らが日本銀行である。
続く0001は、第一銀行の系譜であるみずほ銀行なのはなるほど
と思わせるが、2、3、6、7、8・・・と欠番コードがたくさんあるのは
相次いだ合併の痕跡である。

そういえば最近 「太陽神戸三井」 の通帳が出てきて、知らねーな
そんな銀行・・と思ったが、最後の記帳残高が20万近くあったから、
すわプチバブル到来か!?と喜んだのも束の間、「三井住友」 に
問い合わせたら、当時の自分がキッチリ引き出していやがった。
世の中そう甘くないわ。

*******

こんなのがあった。

掲載最長銀行名 (←当社調べ)
ジエー・ピー・モルガン・チエース・バンク・ナシヨナル・アソシエーシヨン

トマト銀行! 本店岡山市。
一時期話題になったものだが、その後いかがでしょうか。

もみじ銀行。 印象からしてあの辺だろうと思ったら、
案の定、本店は広島市。それでいいのか、という気もする。

関西アーバン銀行。 本店大阪市。
なぜ 「アーバン」 と名付けてしまうの? なぜだ?

新銀行東京。 本店千代田区。
ズサン経営で目下絶賛再建中の石原銀行。
ところで、なぜこのネーミングなのかという疑問、そして違和感。
○○○東京。ナントカかんとか・東京。
なぜ 「東京」 を後にもってくるの? そこんとこコダワリなの?
ウナセラディ東京、追いかけてヨコハマ、、、 みたいな。
ナウな感覚でグーなんじゃないかねえ☆ワッ八ッハッハ!などと
民間では通用しなさそうなオッサンたちが、自分の天下り先でも
査定しながら、もののついでに決めたようなフシがある。
・・・「首都大学東京」なんてもってのほかである。

さわやか信用金庫。 本店港区。
ホントにさわやかなお姉さんが窓口対応してくれるなら許す。

きらやか銀行。 本店山形市。 第二地銀。
言わんとすることはわかる。。 わかりますよ。。わかるのだが・・・
元の山形しあわせ銀行はなかなか良い行名だったと思う。

*******

注) けっこー楽しめる書物、コード便覧は書店では取り扱っておりません。

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

クルマで上高地へ行った話

GW前、職場の自分の机に(財)世界遺産白川郷合掌造り保存財団からの封書が
置いてあった。そんな所と取引はないので怪訝に思いながらも封を切ると、観光
シーズンに向けて交通規制実施の告知で、やはり自分とは関係がないシロモノ
であった。

観光地へのマイカー規制はいたるところで行われているが、こんな季節になりまし
たよ的な、この類のニュースを聞く度に、時の流れの速さを疎ましく思ったりする。

*******

上高地へは、通年マイカー規制が始まる前年の初夏、Subaru Legacyで乗り入れた。

松本インターから梓川沿いを上ってゆくと、左右から濃緑の山塊がぐっと迫る。
平地が尽きて国道の勾配がにわかにきつくなり、いよいよ山岳ルートの様相が
色濃くなる。窓を開けると「山の気」が飛び込んで、ダッシュボードに置きっぱな
しの領収書たちがぐるぐる車内を飛び交い、あやうく外へ出て行きそうになる。

他県ナンバーの観光バスが艇団を組み、渓谷沿いを遡ってゆくのを数多く見かけ
るが、意外とハイスピード行軍なのに驚く。こちらもアクセルを気持ち多めに踏み
込まないとついていけない。
こちらが最後尾のハイデッカー車の後ろにつくと、車両の左肩上部がトンネル内壁
に危うく接触しそうに見える。トンネルの断面が小さすぎるんじゃないかとヒヤヒヤ
しながら追尾を続けたりする。

安房峠への道から別れ、確か素掘りのトンネルを抜けたかと思うが、最近地図を
見たら記憶と違うルートを経由している風なので、もしかしたら付け替えがなされた
かもしれない。釜トンネルはあんなに長かったか?

GW過ぎの気候のよい時季であるから、窓を全開にすればやはり爽快なのだが、
この辺りまでくるとさすがに渋滞し、終点の駐車場の回転次第でノロノロと進む
ことになる。車列は大正池を過ぎて田代池のあたりでとうとう動かなくなり、周り
の車がみなエンジンを止めると、若葉を揺らす風の音と鳥のさえずりしか聞こえ
なくなる。時折優先通行のバスが行き来するだけで、あとはのんびりしたものだ。

最終的には駐車場に入ったから、終点まではなんとか進めたのだろう。

*******

着いたら着いたで、河童橋を何度も渡ってみたり、雄大な穂高連峰に息を
のんだり、土産物店をのぞいてみたり、結構忙しい。

それにしても梓川の青さはどうだろう。クリア・ターコイズとでも呼ぼうか、
それは飲んではいけないような青みで、それこそ絵葉書のような発色である。
限りなくブルーに近い透明な水に触れてみると相当に冷たい。
この流量はかなりのもので、これから日本海に向けて流れ出ていくのだと
思うと、狭い日本とはいえ遠路はるばるという気がする。

*******

翌年から通年マイカー規制が実施されたが、凝りもせずまた出掛けた。
沢渡でのバスへの乗り換えはやはり苦痛で、面倒くさいというのが本音だ。
それでも上高地の風景は変わらず雄大であったが、マイカー規制や人間様の
都合である大正池の浚渫工事などをどのようにみているのか、上高地の神々
に問うてみたい気がする。

.

.

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

穏やかな正月

クルマのテレビで天皇杯を観ながら熱海へ向かう。
小田原の山の中では画面の佐藤寿人が砂嵐にまみれて状況がわから
なくなったが、オダアツを降りて早川の漁港あたりへ出ると再び映りが良く
なる。石橋出口の合流で渋滞していて普段ならイライラするところだが、
なんとか気が紛れて具合がいい。
J最強の鹿島がリードしたまま、真鶴半島の付け根を越える。
湯河原の町が一望できる下りカーブのあたりでロスタイムに入った。

*******

熱海の伊豆山にカミさんの実家があり、温暖な上に眺めがすこぶる良くて
私は気に入っているのだが、眼下に広がる相模湾が不気味だ とカミさんは
そうでもないらしい。たしかに夜になると崩れる波の音と時折ビーチラインを
過ぎる車の音しかしない。
しかし、風情があってよろしかろうに。

夕飯のあと随分経ってから、ドン!という音が窓ガラスを叩く。
何事かと思ってベランダへ飛び出ると、正月の花火であった。
熱海海岸で盛大に花火大会が始まっていた。何度も打ち上げられ大変美し
く陰影を作り、残った煙が夜の海の方へ漂っていった。伊豆山からは小さな
岬の向こう側になるから、高度のないスターマインになると半分位しか見え
ないが、激しく演っているのはわかる。
最後にひときわ大きな光の輪が散り終えると、すっかり静かになった。

薄煙まだ残る相模湾の上には満天の星が輝いていた。 星振る夜、とは
こういうのをいうのだろう。しばらく眺めていると、目が慣れてきてどんどん
星が増えるのが面白い。

*******

正月二日の日の出を拝むことにした。
しばらく待っていると、初島の向こうの雲の端が光り始めた。
漁船が二艘、右から左へ横切り、航跡をうっすらと残していく。
ガラス越しにシャッターを切ってみるが、お日様は一旦顔を出すと
それからがはやくなり、あっという間に初島の真上に来た。

陽射しが温かくて死にそうだが、それこそ贅沢というものだ。

↓ 相模湾の夜明け
20080102sunrise .

*******

近所の身代り不動へ行き、護摩木に願い事を書く。
厄除・身体健勝・家内安全・大宮優勝とかいろいろ書いてみる。
欲張りな気もするが、毎年来ているので勘弁してもらおう。

続いて伊豆山神社へ向かう。毎度のルートであるが、山の斜面に
張りついた熱海の裏道は、アップダウンが激しく道幅も中途半端
なので、よそ者には走りにくいことこの上なく、沼津・伊豆ナンバー
のクルマについていくのは容易ではない。
最後に神社の脇の急坂を駆け上がると、そこが本殿隣の駐車場に
なっていて、参拝客を待つタクシーが数台停まっていた。

ここでもやはり正月の清冽な空気が流れ、気持ちが引き締まる。

参拝したのち社務所でお札でも買おうと階段を下りると、紋付袴の
正装の人達とすれ違った。かなり若い感じを受けたが、なかなか
できないことだ、と感心していたら、カミさんの母が
   「 あの人、市長さんよ 」
という。やり手と聞く財政逼迫どころの首長もやることはやっておか
ねばならないのだろう。財政再建団体指定をなんとか免れた熱海市
を生き返らせる大仕事をやっているわりに、そんなオーラを感じない
のが不思議でもある。
ガンバレ熱海!だ。

********

皆様にとってよりよい一年になりますように。

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

大したもんだ、大成町3丁目、全国区に。

とうとう開館した。

私は8月の内覧会で一通り見せてもらったのでしばらくパスするが、
子供がまた見たいというので、年パスを入手してOPEN初日に
潜り込ませる心づもりでいた。

*****

前日の午前中、偵察に行くと居た居た、正面入口前に2人が座っている。
「物好きがいるもんだよなあ」とカミさんに話したら、試合開始前4, 5時間
も並ぶアンタも同類だと言われてしまった。それもそうだ。

向かいのミニストップでソフトクリームをなめる。
開館前日の眺めは、まだまだのどかだ。

↓ いい天気  ポタリング日和である  どこかに行きたい 
1013_3  .

*****

夕飯食って酒飲んで、22時頃に第2次偵察にフラフラと出撃。
増えてるぞ。ざっとみて30人。あったかくして寝なさいよ。
そして「大成駅」最後の夜が更けていったのであります。
ちなみに私の定期は12日に継続したので、表記はまだ 「大宮 ⇔ 大成」 である。

↓ ステキな夜を・・・
101322 .

*****

翌朝、飯を食いながらニューシャトルの混み具合を観察。
乗ってる乗ってる。
来る電車来る電車みな、運転席に保安要員と思しき添乗職員の姿がある。
大成駅につく様子を見ていると、到着のたびに結構な降車客がある。

そして9時、おもむろに第3次偵察に出掛ける。
いつもは閑散としている高架沿いの歩道を普段の10倍位の人が歩いている。
大げさでなく10倍である。

正面入口付近の並びがなくなっているのでオヤ?と思ったが、
その先の駐車場の中に長蛇の列が形成されていた。

↓ 並んでます  見てるだけで酸欠状態になりそう
Retu .

駐車場は満車という案内が出されており、入りかけて諦めて直進して
いく車が何台もあって気の毒だ。他県ナンバーを何台も見かけたが、
どこかに無事停められただろうか。

*****

いやいやスゴイなあと盛り上がって帰って来たが、激混みは想定内だから
まだ行かない。

昼のニュースでは博物館開館が報じられている。オープニングのセレモニー
では吉永小百合の姿があり、相応しい人選だと感心する。と、画面の端に
市長の姿を見つけ、ひとり憮然とする。愉快ではないが、まあ仕方がない。

*****

昼飯を食って13時半、第4次偵察・・ではなく今度こそ入館のために
子供を連れて行く。

さて、正面入口に着くと予想外のことが起こっていた。

↓ 早っ! 華麗に営業終了!
Theend .

入館制限どころではなく、入館強制終了である。
そんなに混んでいるのか。それなら仕方あるまい。とっとと帰ろう。

*****

と、向こうで何か押し問答しているのが見える。人だかりができている。
職員に食ってかかる人がいる。近所なら出直そうぜ、それが大人だ。
とは思うが、ある人に聞けば富山から来たらしい。別の父子連れが途方に
暮れている。父親が泣きじゃくる子供を前に困惑の表情を浮かべている。
なるほどそれならばここで帰るわけにはいかない。

ウチの子が 「甲府戦の居残りみたいだね」 という。 たしかに。

結局20分位その場にいたが、まあなんとか入れてくれることになり、
子供に年パスを持たせて別れた。

それにしても 「入館中止」 はまずい。押し問答している横から、どんどん
帰っていくのだから、現地足止め組にはなおのこと納得しがたいものだろう。
制限するにしても、せめて 「次の入場は○時からです」 とでもすれば
おさまるものだったのだが。

↓ 寄り切り入場組の並び   あ~あ、帰らされた人の立場は?
101414 .

*****

ひとりになった私は時間つぶしに大宮駅まで行くことにした。

これまで体験したことのないような超満員のニューシャトル大宮ゆき。
これはもうカンベンな。

*****

↓ 冷たいなあ、この文面は
Shutomiya2_2 .

↓ コレで帰っちゃった人も多くいたのだろう 
Shutomiya .

↓この日、マックはテーブル席撤去で対応
Mucc .

*****

ほとんどタッチアンドゴーで引き返す。
本日より新装開店の 「鉄道博物館駅」、昼間は売店のおばちゃんがのんびり
留守番をしていたローカル駅だったのに、、、スゴイことになったものだ。

↓ サブネームにはなったものの、(大成)の表示には結構存在感がある(嬉
Thegreatoonari .

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

そうだ、鉄道博物館へ行こう

まもなく 鉄道博物館 が開館する。
まさかこんな近くにこんなものが出来るとは思わなかった。
諦めず誘致を続けた大宮の有志、そして実現させた関係者の
ご努力には敬意を表したい。

と、おおむね歓迎しているわけだが、我が家の目の前の道路が
大混雑となるのは必至で、それだけちょっと心配。平日はよいが
開館後しばらくは週末やGWなどは動かなくなるかもしれない。
右左折レーン確保のための拡幅工事をやってはいるが・・・

↓  、、というわけで、潜入!

Welcome_4

↓役者揃い踏み!

Hukan1_4 

↓別角度から

Hukan2_2 

↓車両同士の角度がおかしいので、多重衝突事故の現場に見えなくもない

Hukan3

↓大ジオラマも一新、清潔な感じ

Photo_2 

↓北方より外観を望む

Photo_3

↓上野駅地平ホームの雰囲気、乗車位置札がイイ

4811

↓日本酒が染み込んだような地色のホームならもっと◎

4812

↓問題 この案内板の表示には重大な間違いがあります。それは?

Oonaricho

↓おまけ  極楽湯がこんなモノに変身中!聞いてねーぞ

Hotel

   ***********

かつてサブカル系雑誌 『GON!』で紹介されていたような
B級C級の博物館、記念館、展示施設の類を思えば、
大宮の鉄道博物館は文句なしのA級であった。

「アヤシイ施設」愛好者としては、カビ臭さ漂うBC級のほうが
よっぽどワクワクするが、鉄博は(てっぱくと呼ばせるらしい)
まずハコ&展示物スケールからして違うから、
そもそも比較自体が困難なわけだ。

   ***********

小学校の同窓会に出ると、
「神田の交通博物館に行ったよな」
なんて話がでる。
そういえばコイツと行ったかもしれない。
「渋谷のプラネタリウムにも行ったよな」
「立川に『ヤマト』観に行ったよな」
「東久留米までトヨタ2000GT見に行ったよな」
「神宮でファールボール食らって、弁当落としたよな」
「府中の市民プール行ったよな」
いろいろ出てくる。

今の子ども達が鉄道博物館に行った思い出を
懐かしく語る日が来るだろう。
それはそれは楽しみなことだ。

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (0)

湯河原の天城校長

この3月に、俳優の船越英二さんが亡くなった。

私にとっては 「 船越英二  =  天城順三郎校長 」 なのだが、
リアル熱中時代キッズにとっては、恩師を亡くした気分である。

どうしても手元に置いておきたいドラマなので、何年か前に熱中時代 (Part1)
のDVD BOXを買ったのだが、子供の方が熱中して見ていたようである。
その影響かTV番組に水谷豊や草笛光子、谷隼人などが出ていたりすると
敏感に反応するようになった。
谷隼人に反応する子供ってどうなんだ?とも思うが。

毎回、心に響くエピソードばかりなので、全国のよいこのおともだちに見せたい
ものだし、特にお終いの2話は涙なくしては見ていられない。

**************************

船越英二さんといえば湯河原にお住まいだったが、ウチのカミさんの親が
湯河原の落合橋の近くに住んでいたこともあって、よく見かけたそうである。
内田さんの店に買い物に来ていたらしく、あの辺は結構な坂道だから、随分
足が丈夫だなぁと思っていた。すると湯河原に遊びに行ったときに、もしか
したらお見かけするかもしれない・・・
そうは思ったが、しばらく滞在した時に湯河原駅前の鮮魚店に買い出しに来て
いた娘さんに遭遇したことがあるだけで、ついぞご本人にお目にかかることは
なかった。
奥湯河原に入るちょっと手前の雰囲気が、船越さんに大変似つかわしい。
今でも室定さんの辺りをウロウロしていれば、船越さんが普通に歩いて来て、
「やあ」 なんて声を掛られそうな気もする。それはまさに廊下で挨拶をする
天城校長の姿だ。

そんなわけで、万葉公園のホタルでも見てこようかと、そんな気になった。

.

.

| | コメント (0) | トラックバック (1)

小江戸といえば

メモ:去年書いておいたものが今頃出てきたので、記念に。

********************
********************

住みたい街ランキング。
いろんなところで同じようなランキングが出ているけれど、
統計学的に正しいかや秘められた商魂の有無など、どうでもいい。
面白いか面白くないか、それだけである。

http://www.haseko-m.com/sumitai

現在、縁あって埼玉に住んでいるけれど、
埼玉県人に聞いたランキングも出ているので興味深い。

*********************

総合首位は吉祥寺。
小平市で育った私にとって、小学生の当時吉祥寺はなんとなくいいなぁと思
う街のひとつだった。「住みたい」という積極的な考えがあったわけではない。
中央線が都心に向かって行くと地平から高架に上がる最初の駅が吉祥寺
だったから、そこは武蔵野市ではあるけれど、都心への入口のような気がし
ていた。吉祥寺から西は東京都であってもトーキョーではなかった。またなに
よりリアルタイム熱中時代キッズには親しみがあった。

*********************

各世代でのランキングを見ると、我が街大宮は若年層の支持があって、主に
駅周辺のダイナミックな街の賑わいのイメージがあると思われる。来秋には
鉄道博物館、大宮公園サッカー場が竣工し、大宮の魅力がさらに高まるに
違いない。と思いたい。

埼玉在住者によるランキングでは大宮がぶっちぎりの首位。
それに浦和、さいたま新都心が続く。さいたま新都心に住みたい人って
どんなアレですかぃ?と思うが、それほどでもないですって。

川越が10位につけている。これは思いのほか低いが、川越には子供の頃から
縁があって、小平から芋掘り遠足(定番!)に来たり、知り合いが多く住んで
いたりして、よその土地とは思えなかった。社会人になって最初の配属先がま
たどういうわけか川越で、これが運命かと思った。10年近く住んだけれど、
まぁなかなかいいところではある。
川越の街ではバブル前後で駅周辺が大きく変わった。いつ行っても工事中だっ
た川越駅が落ち着いて、東口にはペデストリアンデッキで連絡するアトレが完成
し、本川越駅も超スーパーな大変貌を遂げ、川越駅西口に至っては区画整理で
昔の面影は無い。サンロードもいつの間にかクレアモールと名称変更し、今でも
「サンロード」と言っては笑われる。夜の治安は今でも悪いのだろうか。

今では小江戸川越人気で平日の昼間から観光客がウロウロ歩いている。以前の
川越を知る者が見れば驚くかもしれない。

*********************

私は川越の蔵造りの街並み保存に関しては以前より違和感を拭い切れないで
いる。賛成反対の表明ではなく、「違和感」である。
本川越から時の鐘まで歩いてみると、なにか剥製の行列をみるようで、どこか
痛々しい。その界隈は当然ながら風致地区に指定されている為(今は知らんが)
建蔽容積はもちろんデザインの制約があって、いろいろ大変なことばかりだが、
もちろん商売上(世の中全てが商売なのであるが)の効果で大歓迎の方もいらっ
しゃるわけである。行政だけでなく一部住民も参加しての保存プロジェクトだから、
いいことなのだろう。
しかしながらスタートが遅れたのは事実で、既に多くの蔵造りの建物が取り壊さ
れてしまっており、現在の街並み景観においては既存の蔵造り建築と蔵造り「風」
が混在するのも、違和感を覚える要因だろう。
現状としてはお客が来る以上成功なのであるが、この景観で喜ぶ人は、例えば
木曽路に残る宿場町など見ないほうがいい。場合によっては川越の思い出を壊し
てしまうかもしれない。
まあ、本当はそんなことを気にしないほうが精神衛生上よいのだが。

有るものが無くなるというのは世の常で、万物は剥落し摩滅し、あるときには人の
手で破壊されるのだ。
私の場合、たとえ電線が張り巡らされ見た目美しくなくてもそれが歴史の積み重ね
だと思うし、元に戻せないのはそれもまた定めではないかと考える。戻したところで
あまり意味を持たない (商売上の効果は別として) のではないかと思うのである。

諸行無常。 無常迅速、である。

.

.

| | コメント (6) | トラックバック (0)

より以前の記事一覧